四国へ再び
四国へ再び
松山へ転勤になった友人を訪ねる目的で、再び四国への旅行を計画した。
今度は前回走らなかったしまなみ海道を通るルートで四国へ渡ろう。
仕事の都合で出発は夜になってしまう、一日目は松山で友人の部屋に泊まり酒でも酌み交わそう。二日目は四万十市(しまんとし)の新四万十温泉だ、三日目は前回も泊まった祖谷(いや)温泉にしよう。
宿の予約も取れこれで準備は整った、しかし出発間近になって三連休を利用して帰省すると連絡が入るが、予約した宿としまなみ海道に魅せられ計画は実行する事にした。一日目の宿が松山から四万十市に変わったので早く出発しなければならない。逆算すると20時には出発しないと宿には着かないな。夜通しの運転は2年前に四国へ行った時以来だ。
いよいよ出発日、首都高速の混雑を考慮しアクアラインを通る事にして、
18時30分に国道を木更津金田インターへと走るが混雑も無く順調な滑り出しだ。福山西インターで山陽道を降りしまなみ海道へと向う、島々を渡るルートで景色がいいだろうなと期待したが外は暗闇で何も見えない、せっかくこのルートを選んだのに残念だ。
5時30分に道の駅伯方で、暫く夜の明けるのを待ったが中々明けてこないので諦(あきら)め道後温泉を目指す事にする。
7時過ぎに道後温泉へ到着、さっそく道後温泉本館の個室券を購入し風呂に浸かると、夜通しで運転してきた体を道後の湯が優しく包んでくれる。
ゆったり湯に浸かった後、部屋でお茶と坊っちゃん団子を頂くが朝食抜きの腹には物
足りない、もう少し休憩していたいがまだ寄りたい所があるので時間前に温泉を出発する。
ちょうど8時のからくり時計に間に合ったのでまた見学していこう、ゆっくりと時を刻みメロディを奏でてくれるがバックの建物がせっかくのからくり時計を壊しているなと感じたのは私だけだろうか?
次は前回立ち寄る事が出来なかった内子(うちこ)町にある内子座だ、
もっと華やかな所に建っているかと思っていたが細い路地を入った所であった。
大正時代に建築され、老朽化のため取り壊しになる所を町民の熱意で復元され昭和60年に劇場として再出発したそうである、
現在も年に80日近く劇場として活用されているそうで、回り舞台もあり昔は人力で舞台を動かす仕掛けがあったという事だ、 奈落(ならく)を見学出来るという事なので後学のために舞台下に降りてみる事にした。狭い舞台下で何人の人が働いていたのだろうか?かなりの重労働だったに違いないな!
前回に訪れた町並みをもう一度見てみよう
としたが場所が分からない、地元の人に聞けばよいが一回見ているので諦(あきら)めて宿を目指す事にした。
江川崎から四万十川沿いを下るルートだ、川沿いを走るが国道とはいえ道幅が狭くすれ違うのもままならない、堤防の木々を見ると枝にごみがかなり付着している、家の前には壊れた家財道具などが積まれていて屋根が飛ばされている家もあるがこの
前の台風被害なのか、しかしこんなに大きな川が氾濫(はんらん)するなんてかなりの雨が降ったのだろう!下流に来ると傷跡は見当たらない、静かな流れの奇麗な川にカヌーで遊ぶ人達が大勢いる。
12時過ぎに四万十市に到着したが宿に入るには早すぎる、とりあえず昼食をと食堂を探すがなかなか見つからない、何回駅の周辺を廻った事だろう、やっとの事で回転寿司を見つけ昼食にありつけた。まだ時間があるので途中で見つけたとんぼ公園に行ってみる事にした。建物の中には世界のとんぼとカブト虫の標本が並べられている、
こんなにとんぼやカブト虫の種類が多いとは驚きだ。別棟には多くの淡水魚が水槽で泳いでいる、日本には生息しない種類もいて、遭遇したら襲われるのではないかと思われる位大きな魚も優雅に泳いでいる。
野外はとんぼが生息出来るように整備されていて、自然観察が出来るようになっている。
小川にはザリガニがいて子供達が釣りをしている。テラスで椅子に座り家族連れをみているうちに睡魔が襲ってきた、前日の夕方少し寝ただけでかれこれ24時間近く寝ていないな!椅子に座ったまま気持良い眠りに就いてしまった、10分近くたって目が覚め時間もいいので宿に向う。宿は和の趣のある洒落た造りになっている、
ビールで喉を潤し他の宿泊客が到着していないので一番風呂に浸かる事にした。
高台に建っているので露天風呂からは四万十川が見え眺めのいい宿だ。
夕食に出た鮎の塩焼きが美味かったな。疲れているので早目に寝よう。
朝風呂に入り朝食後8時30分に宿を出発し足摺岬(あしずりみさき)へと向う、公園にはジョン万次郎の銅像が海を見て立っている、遥か彼方のアメリカに思いを寄せているのだろうか?
桂浜に向う途中四万十川のうなぎを食べさせる食堂があったので少し昼食には早いが食べて行く事にした。養殖と天然物があるが迷わず天然物を注文、他に川海苔のてんぷらとごりの空揚げも注文した。天然物のうなぎを頼んだが本当に天然なのか分からないな、養殖も頼めば違いが分かったかもしれない、失敗したかな!
お店の人に聞いたがごりとは一生泳いでも五里しか泳げないからこの名前が付いたとか、本当かな!
道すがら何人ものお遍路(へんろ)さんとすれ違ったが結構若い人もいて驚いた、車は走っているしきつい坂もあるのに大変だな、とてもじゃないが車で楽を覚えてしまった私には出来ないな。前回は訪れなかった桂浜坂本龍馬記念館に立ち寄る、血痕(けっこん)の付いた屏風(びょうぶ)や所持していたピストルなど龍馬ゆかりの品々が展示されている、もう少し歴史を勉強してくればまた違った見方が出来たかもしれないな。
小雨の中を今日の宿へと車を走らせる、17時に祖谷(いや)温泉に到着、連休の最後の日なので泊り客は二組しかいない。さっそく風呂に入り汗と疲れを落とす、露天風呂にゆったり浸かれたのはいいが蚊がいるのには参った、岩に腰かけ上半身を冷ましているとすぐに蚊が寄ってくる。
前回は大広間での食事だったが、今夜は囲炉裏の部屋での食事でまた違った雰囲気
だ。夕食後ライトアップのかずら橋を渡りに行く、前回も行ったが
なにより無料で渡れるのがいい、しかし事故があっても補償はないとの事!
一汗かいたので風呂に浸かり、明日の運転を考えて早目に休む事にした。昨夜は早く寝たので5時過ぎに目が覚めてしまった、風呂は6時にならないと入れない、テレビをつけて時間をつぶして風呂の開くのを待つ。朝風呂に入り7時30分に昨夜と同じ囲炉裏の部屋で朝食を食べ、あとはする事も無いので8時20分に宿を発ち帰路につ
く。途中鳴門公園の架橋記念館に寄るが、月曜が祭日の為火曜日が休館だった。そこまでは考えていなかった、大失敗だ!
この分だと淡路人形浄瑠璃館も休みだろう、ここにはもう一度寄って浄瑠璃を見たかったのにな。
諦めて家路を急ぐ事にした。
お陰で19時に市原インターに到着、走行距離2344km何事も無く無事に帰ってこられた。しかし運転は好きだがこの年になると夜通しはさすがに疲れたな!
2005年9月17日(土)~20日(火)




















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