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2008年3月2日 - 2008年3月8日

2008年3月 5日 (水)

四国へ再び

四国へ再び

松山へ転勤になった友人を訪ねる目的で、再び四国への旅行を計画した。

今度は前回走らなかったしまなみ海道を通るルートで四国へ渡ろう。

仕事の都合で出発は夜になってしまう、一日目は松山で友人の部屋に泊まり酒でも酌み交わそう。二日目は四万十市(しまんとし)の新四万十温泉だ、三日目は前回も泊まった祖谷(いや)温泉にしよう。

宿の予約も取れこれで準備は整った、しかし出発間近になって三連休を利用して帰省すると連絡が入るが、予約した宿としまなみ海道に魅せられ計画は実行する事にした。一日目の宿が松山から四万十市に変わったので早く出発しなければならない。逆算すると20時には出発しないと宿には着かないな。夜通しの運転は2年前に四国へ行った時以来だ。

いよいよ出発日、首都高速の混雑を考慮しアクアラインを通る事にして、

18時30分に国道を木更津金田インターへと走るが混雑も無く順調な滑り出しだ。福山西インターで山陽道を降りしまなみ海道へと向う、島々を渡るルートで景色がいいだろうなと期待したが外は暗闇で何も見えない、せっかくこのルートを選んだのに残念だ。

Photo5時30分に道の駅伯方で、暫く夜の明けるのを待ったが中々明けてこないので諦(あきら)め道後温泉を目指す事にする。

7時過ぎに道後温泉へ到着、さっそく道後温泉本館の個室券を購入し風呂に浸かると、夜通しで運転してきた体を道後の湯が優しく包んでくれる。

ゆったり湯に浸かった後、部屋でお茶と坊っちゃん団子を頂くが朝食抜きの腹には物Photo_2足りない、もう少し休憩していたいがまだ寄りたい所があるので時間前に温泉を出発する。

ちょうど8時のからくり時計に間に合ったのでまた見学していこう、ゆっくりと時を刻みメロディを奏でてくれるがバックの建物がせっかくのからくり時計を壊しているなと感じたのは私だけだろうか?

次は前回立ち寄る事が出来なかった内子(うちこ)町にある内子座だ、

もっと華やかな所に建っているかと思っていたが細い路地を入った所であった。

大正時代に建築され、老朽化のため取り壊しになる所を町民の熱意で復元され昭和60年に劇場として再出発したそうである、Photo_3現在も年に80日近く劇場として活用されているそうで、回り舞台もあり昔は人力で舞台を動かす仕掛けがあったという事だ、 奈落(ならく)を見学出来るという事なので後学のために舞台下に降りてみる事にした。狭い舞台下で何人の人が働いていたのだろうか?かなりの重労働だったに違いないな!

前回に訪れた町並みをもう一度見てみようPhoto_4としたが場所が分からない、地元の人に聞けばよいが一回見ているので諦(あきら)めて宿を目指す事にした。

江川崎から四万十川沿いを下るルートだ、川沿いを走るが国道とはいえ道幅が狭くすれ違うのもままならない、堤防の木々を見ると枝にごみがかなり付着している、家の前には壊れた家財道具などが積まれていて屋根が飛ばされている家もあるがこのPhoto_5 前の台風被害なのか、しかしこんなに大きな川が氾濫(はんらん)するなんてかなりの雨が降ったのだろう!下流に来ると傷跡は見当たらない、静かな流れの奇麗な川にカヌーで遊ぶ人達が大勢いる。

12時過ぎに四万十市に到着したが宿に入るには早すぎる、とりあえず昼食をと食堂を探すがなかなか見つからない、何回駅の周辺を廻った事だろう、やっとの事で回転寿司を見つけ昼食にありつけた。まだ時間があるので途中で見つけたとんぼ公園に行ってみる事にした。建物の中には世界のとんぼとカブト虫の標本が並べられている、

こんなにとんぼやカブト虫の種類が多いとは驚きだ。別棟には多くの淡水魚が水槽で泳いでいる、日本には生息しない種類もいて、遭遇したら襲われるのではないかと思われる位大きな魚も優雅に泳いでいる。

野外はとんぼが生息出来るように整備されていて、自然観察が出来るようになっている。

小川にはザリガニがいて子供達が釣りをしている。テラスで椅子に座り家族連れをみているうちに睡魔が襲ってきた、前日の夕方少し寝ただけでかれこれ24時間近く寝ていないな!椅子に座ったまま気持良い眠りに就いてしまった、10分近くたって目が覚め時間もいいので宿に向う。宿は和の趣のある洒落た造りになっている、

ビールで喉を潤し他の宿泊客が到着していないので一番風呂に浸かる事にした。

高台に建っているので露天風呂からは四万十川が見え眺めのいい宿だ。

夕食に出た鮎の塩焼きが美味かったな。疲れているので早目に寝よう。

Photo_6 朝風呂に入り朝食後8時30分に宿を出発し足摺岬(あしずりみさき)へと向う、公園にはジョン万次郎の銅像が海を見て立っている、遥か彼方のアメリカに思いを寄せているのだろうか?

桂浜に向う途中四万十川のうなぎを食べさせる食堂があったので少し昼食には早いが食べて行く事にした。養殖と天然物があるが迷わず天然物を注文、他に川海苔のてんぷらとごりの空揚げも注文した。天然物のうなぎを頼んだが本当に天然なのか分からないな、養殖も頼めば違いが分かったかもしれない、失敗したかな!

お店の人に聞いたがごりとは一生泳いでも五里しか泳げないからこの名前が付いたとか、本当かな!

道すがら何人ものお遍路(へんろ)さんとすれ違ったが結構若い人もいて驚いた、車は走っているしきつい坂もあるのに大変だな、とてもじゃないが車で楽を覚えてしまった私には出来ないな。前回は訪れなかった桂浜坂本龍馬記念館に立ち寄る、血痕(けっこん)の付いた屏風(びょうぶ)や所持していたピストルなど龍馬ゆかりの品々が展示されている、もう少し歴史を勉強してくればまた違った見方が出来たかもしれないな。

Photo_7 小雨の中を今日の宿へと車を走らせる、17時に祖谷(いや)温泉に到着、連休の最後の日なので泊り客は二組しかいない。さっそく風呂に入り汗と疲れを落とす、露天風呂にゆったり浸かれたのはいいが蚊がいるのには参った、岩に腰かけ上半身を冷ましているとすぐに蚊が寄ってくる。  

前回は大広間での食事だったが、今夜は囲炉裏の部屋での食事でまた違った雰囲気Photo_8 だ。夕食後ライトアップのかずら橋を渡りに行く、前回も行ったが

なにより無料で渡れるのがいい、しかし事故があっても補償はないとの事!

一汗かいたので風呂に浸かり、明日の運転を考えて早目に休む事にした。昨夜は早く寝たので5時過ぎに目が覚めてしまった、風呂は6時にならないと入れない、テレビをつけて時間をつぶして風呂の開くのを待つ。朝風呂に入り7時30分に昨夜と同じ囲炉裏の部屋で朝食を食べ、あとはする事も無いので8時20分に宿を発ち帰路につPhoto_9 く。途中鳴門公園の架橋記念館に寄るが、月曜が祭日の為火曜日が休館だった。そこまでは考えていなかった、大失敗だ!

この分だと淡路人形浄瑠璃館も休みだろう、ここにはもう一度寄って浄瑠璃を見たかったのにな。

諦めて家路を急ぐ事にした。

お陰で19時に市原インターに到着、走行距離2344km何事も無く無事に帰ってこられた。しかし運転は好きだがこの年になると夜通しはさすがに疲れたな!

2005年9月17日(土)~20日(火)

2008年3月 2日 (日)

九州全県走破ドライブ記

九州全県走破ドライブ記

それを思い立ったのは四国全県走破を達成した2年前。早速ガイドブックとインターネットで観光名所をピックアップ。

500円玉貯金はまだ1缶残っている、1缶で10万円貯まる貯金缶で

ぎゅうぎゅうに詰め込むと15万円位貯まる、でも最近の缶は少し小さく

なって13万円位かな!1年で1缶達成、日程とコースの作成に取り掛かる、

9泊10日、宿泊地も決定し一人泊なので早めの予約をと思い宿に電話を

入れるが半年前、3ヶ月前との事、その日まで待ち九州の宿の予約を取り付ける。あとは出発日を待つだけ。

4月15日いよいよ出発日、天気は晴れ4時40分に家を出る、

初日の宿泊地は決めていない、15時だが先はまだ長い、尾道まで走ったので温泉を探し尾道の奥座敷養老温泉に宿を取る。

Photo 2日目下関の火の山パークウエイから関門橋と九州を望む、さあいよいよ九州だ。関門橋は帰りに走る事にして、今日は関門トンネルを走るが対面通行の狭いトンネルだ。最初の目的地門司レトロ地区に向かう、人力車の車夫に乗車を勧められ恥ずかしかったが意を決し乗車する事にした。その甲斐あって名所を案内付きで回れ自分の写真も撮る事が出来た。

Photo_2 今夜の宿は博多のビジネスホテル、夜は屋台で焼酎を一杯飲もうと出掛けたが肝心の屋台が出ていない、さんざん歩き回って地元の人に聞くと19時位にならないと出ないとの事、まだ1時間もあるので居酒屋に入り馬刺し、辛子明太子を肴に焼酎を飲む。19時も過ぎたしもうそろそろいいかなと屋台の出る場所を聞き席を立つ。

おお!出てる出てる、女性の入っている店が安心だとガイドブックに書いてあったので店を探す、いたいた二組のカップルと男Photo_3性が一人、ここに入ろう。まずは焼酎を注 文してつまみは餃子とおでん、さっき食べたばかりなのでこれ以上は腹に入らない。同席のカップルに話を聞くと一人は地元であとの人は東京からとの事、今日は土曜日だから地元の人はあまり飲みに出ていないのかな?

3日目ともなると遠くへ来ている感じが薄Photo_4れてきた。早起きをしたので予定に入れて いない大宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)へ行く事にし、ここで旅行中の安全を祈願し柳川へ向かう。シーズンではないので乗客が少なく30分待たされ、ようやく1時間の川下りに出発。天気も良くのんびりとした船足に気持に余裕が出てくる。

昼食はせっかく柳川に来たのだからうなぎを食べる事にした。味はまあまあだが皮がPhoto_5少し硬いような感じだな!

さあ次は吉野ヶ里(よしのがり)遺跡だ、広い!少し歩くと汗ばんでくる、時間に余裕があればゆっくり回りたいが、復元された家屋が多過ぎてとても全部を見て回る事が出来ない。あきらめて次の目的地虹の松原に向かう、鏡山には大勢の人が出ている。

Photo_6でも松原にはちょっとがっかりした、民家と海の間に広い松林があるだけで

景観的にはイマイチかな、早く嬉野温泉へ行って温泉に入る事にしよう。

4日目は長崎、今までは車も少なく走り易かったが、長崎は車が多く坂も多いそれに今日の予定地は駐車場の無い所もあるんだPhoto_7よな、とりあえず平和公園の駐車場に車を止める。

タクシーの運転手に見学予定地の事を尋ねてみる、やはり駐車場が無く定期観光バスで回るのがいいと教えてくれたが、時間が限られているので観光タクシーを利用する事にし予定地を回ってもらった。

昼食は新地中華街でちゃんぽんか皿うどPhoto_8んにしようと考えていたので、暑い事もあり皿うどんを食べる事にした。特別美味しいという事は無くこれなら何人かで来て卓袱(しっぽく)料理を食べた方が印象に残ったかな?それに横浜中華街と比べると規模ははるかに小さい。

効率よく回れ予定より早くなったので明日見学の「がまだすドーム」へ向かい、平成 大噴火シアターでは火砕流(かさいりゅう)と土石流を大画面で再現し、映像と連動して床が動き、噴き出す熱風とともに災害を疑似体験することが出来、雲仙普賢岳の噴火の恐ろしさを体験した。

がまだすとは島原の方言でがんばろうという意味と教えてもらっPhoto_9た。山道を登り雲仙温泉に到着、まだ少し時間に余裕があるので雲仙地獄を見に行く事にした。30分も 歩けば回れるとの事、噴煙と硫黄の匂いがすごい。一周すると汗ばんできたので風呂に入り汗を流す。

5日目島原城へ行くが城自体はどこにでもある資料館である、フェリーで天草へ渡るが船内でバスガイドの新人教育の一行と出Photo_10会った。平和祈念像の説明を一生懸命勉強している、「右手は天を指して原爆の脅威 を、左手は水平に伸ばして世界平和を訴え、軽く閉じた瞼は犠牲者の冥福を祈る・・・・・・」広島には原爆の傷跡があるが長崎の原爆はそれより大きかったので跡形も無く吹き飛んでしまったそうである。

Photo_11天草五橋を渡るが橋自体はどうって事の無い普通の橋だ、千巌山(せんがんやま)の展望台へは狭い階段を登り少々疲れた、し かしそこから眺める天草五橋の景色は素晴らしい、春霞がかかっていなければもっといいのだが。

八代へはフェリーの時間があるので車で走る事にした、風が強くなってきた、えびの高原で休憩しようとしたがそのまま進む、途中鹿に出会うが中々道を譲ってくれない。

霧島温泉に宿泊するが夜になると雨が落ちてきた、かなりの雨量だ明日は大丈夫だろうか?

6日目まだ雨が降っている、雨の中を指宿(いぶすき)へ向かう。指宿スカイラインが途中から通行止めになっていたので料金所のおじさんの勧めで国道を走る。池田湖に着いてもまだ小雨で大うなぎは水槽で見れたがイッシーは出てきそうも無い、開聞岳(かいもんだけ)も霧の中で写真を撮れない、あきらめて砂むし温泉に向かう。せっかく来たのだから入って行かないと悔いが残る、屋根があるので雨の心配はいらない、砂をかけてもらい暫くすると熱くなってきた。しかし砂の重さで圧迫されるのか脈がドPhoto_12キンドキンとしてきたので砂から出ると、おばさんに「もう出てしまうのかい」と声をかけられてしまった、そういえば

10分も入っていないな。さあ次は桜島だ。

フェリー乗場に着く頃には雨もすっかりあがったが、船上から見る桜島は頂上に雲をPhoto_20かぶり噴煙は全く見えない。桜島の道路の脇は溶岩だらけで異様 な光景だ、黒神埋没鳥居(くろかみまいぼつとりい)を探して行くと、あった!

しかしこんなに溶岩が流れてきたのかと疑問に思い売店のおばさんに尋ねると、それは記念撮影用に造られたもので、本物はもう少し下った所にあると教えてもらい向か Photo_13うが、聞かなければそれが本物と思い通り過ぎてしまう所だった。

今夜の宿は妙見(みょうけん)温泉だが静かで小さな温泉街である。

7日目今日は黒川温泉まで走らなくてはならない。山道を走るが途中民家も無く心細くなる、青雲橋と看板が出ていたので寄っPhoto_14てみると東洋一のアーチ橋であった。

高千穂峡では川沿いの遊歩道を歩き心地よい気分だ、高千穂神社は夜神楽(よかぐら)で有名なわりには境内も狭く予想とはかけ離れてい た。

黒川温泉に予定より早く着いたのでさっそく露天風呂に入る、今日は長距離の運転だPhoto_15ったので温泉が特に心地良い。

8日目別府温泉の地獄巡りへ向かう、7ヶ所は歩いて約1時間で回れる。色々な色のお湯が湧いているものだ、あとの2ヵ所は少し離れているので車で移動する。

龍巻地獄は間欠泉だがちょうどいい時間に着きあまり待たずに見る事が出来た。

今日の泊まりは由布院温泉で近いので時間が余ってしまった。せっかく別府に来たのだから鉄輪(かんなわ)温泉の蒸し湯に入ってみる事にし探したが、なかなか見つからないので地元の人に聞いて狭い道を入っ Photo_17 た所にやっと見つけた。

1メートル四方の木戸を開けると8畳位の石室があり温泉で熱せられた床の上に石菖(せきしょう)という草が敷き詰めてある、天井も低く立つ事は出来ないので閉所恐怖症の人には無理かもしれない、入るとすぐに汗が噴き出してくる。一汗かいてからお湯に浸かり汗を流し湯布院へと向かう。

Photo_18 金鱗湖(きんりんこ)に立ち寄るが、冬の寒い朝であれば朝もやにけむる幻想的な湖を見る事が出来たかもしれない。

9日目耶馬溪を通り青の洞門を見て帰路に着く、耶馬溪の深緑もいいが紅葉がいいかも、青の洞門では禅海和尚(ぜんかいおしょう)が30年余りをかけ掘ったというトンネルを通る。今夜の宿は決めていないのPhoto_19で出来るだけ家の近くまで走ろう、来る時 は山陽道を走ったので帰りは中国道を走る事にしたが山の中で宿のあるような町が無い、津山にビジネスホテルを見つけ18時15分に到着。近くに居酒屋など無くお好み焼屋でビールとお好み焼きで夕食にした。

10日目今日は家に帰るだけだ、7時10分にホテルを出発しただひたすら走る、途中浜名湖でうなぎを食べ精力つけまた走る。

16時40分に市原インターに無事到着。全走行距離3865kmよく走ったものだ、あと車で走っていない都道府県は北海道と沖縄だけとなった、沖縄は無理なので次の目標は北海道にしよう、今日からまた500円玉貯金を始めなくては!

それにしても携帯電話が普及したので、観光地のテレホンカードが少なくなってしまった、趣味で収集していたのに残念な事だ!

2005年4月15日(金)~24日(日)

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